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No.252「市立病院の医師が先天性心疾患を有する患者にフォンタン手術を行った際に、心房裂創を生じさせ、患者が低酸素脳症に陥る。その後訴訟中に患者は死亡。医師の過失を認めて市に損害賠償を命じた高裁判決」

福岡高等裁判所 平成19年6月1日判決 判例タイムズ1266号281頁、判例時報2022号20頁

(争点)

  1. 心房裂創を生じさせた過失の有無
  2. 損害

 

(事案)

患者A(女性)は、小学校時に単心房・単心室、肺動脈狭窄症等であることが判明し、運動を禁止された。中学校入学時ころから心臓負担によるむくみの発現、チアノーゼがひどくなり、Y市が経営するY病院でB-Tシャント手術を受け、その後は身長も伸び、運動は禁止されていたものの、チアノーゼも少なくなったが、高校時代にはシャントが詰まってY病院でグレン手術を受けた。

高校中退後は、家事手伝いや父親の勤める会社で電話番のアルバイトをしたりして過ごしていたが、毎月1回K大学病院で定期検診を受けており、Y病院から早期のフォンタン手術を受けるように勧められた。

そこで、患者Aは、Y病院に入院し、平成7年4月27日、同病院においてフォンタン手術(以下、本件手術という)を受けた。

本件手術中に心房裂創が生じ、患者Aは、低酸素脳症を発症し、意識障害が継続し、ほぼ植物人間状態になった後に死亡した。患者Aとその家族は、本件手術には手技上のミスがあるとして、逸失利益、慰謝料等の支払を求める訴えを提起したが、手術から約8年後に患者Aが死亡し、さらにその後Aの父が死亡したため、原審において遺族3名が訴訟承継した。

原審は、Y病院に過失があったとして損害賠償の一部を認容したが、これを不服としてY市が控訴した。

 

(損害賠償請求)

一審における患者ら(患者およびその家族)の合計請求額:約9105万円余(判例タイムズ解説より)(内訳:不明)

 

(判決による請求認容額)

一審裁判所(福岡地裁)の認容額:(患者遺族合計)約5398万円余(判例タイムズ解説より)(内訳:不明)

控訴審裁判所(福岡高裁)の認容額:(患者遺族合計)5048万1559円
(内訳:死亡までの休業損害648万7561円+介護付添費・入院費1745万4000円+慰謝料2200万(患者の慰謝料1800万+遺族固有の慰謝料各200万円)+弁護士費用454万円。遺族に相続が発生したため端数不一致)

 

(裁判所の判断)

1.心房裂創を生じさせた過失の有無

この点につき、Y病院側は、心房壁の厚さは一定ではなく、その胸骨への癒着の有無、態様、強度等を事前に把握することはできないから、損傷は不可避的に発生した旨の主張をしました。

しかし、裁判所は、胸骨の厚みが一定ではなく、心房膜との距離に差があることは予測できる上、患者Aは、Y病院においてB-Tシャント手術、グレン手術を既に受けてきているのであるから、残置されたワイヤーの位置の不揃い、心房壁の胸骨裏面の凹面への入れ込み等も予測される状況にあったと指摘しました。

また、胸骨の切開の術技として、ワイヤーを抜去せずに胸骨を切開する方法の採用が不当とはいえないものの、同方法の実施に当たっては、胸部X線側面像、必要な場合にはCT撮影によって胸骨と心臓大血管との位置関係等の事前の情報把握等によって、安全性、確実性をより万全にすることも可能であるところ、本件手術前にこれらの事前の情報収集はされていないのであるから、結果回避のための相当な措置が取られていたと評価することもできないというべきであると判示しました。

その上で、裁判所は、結局、胸骨と心臓の位置関係を把握し、骨髄の深さで切開を止めさえすれば、電気鋸の刃が胸骨裏面に達することはなく、心房壁を傷つけることはなかったと認定し、一審同様、本件手術には心房裂創の発生について過失(注意義務の違反)を認めました。

2.損害

裁判所はこの争点に先立ち、心房裂創と患者Aに発症した低酸素脳症の間には相当の因果関係があると判断しました。その上で、患者Aの死亡と低酸素脳症との因果関係については、患者Aの死亡の直接の原因は肺水腫であること、低酸素脳症発症から死亡に至るには8年が経過しており、低酸素脳症発症後すぐに肺炎等に罹患し、これが継続し増悪して死亡の直接の原因となった肺水腫に罹患したとの事実は認められないこと、もともと患者Aは無脾症であり、腎機能の障害等もあったこと等を挙げて、患者Aの直接の死因となった肺水腫は素因の顕在化と評価するのが相当と判断しました。

従って、損害のうち、患者Aの死亡後の逸失利益は認められないと判示しました。

以上より、控訴審裁判所は、原判決を変更し、上記控訴審裁判所認容額の限度で患者遺族の請求を認容しました。その後、判決は確定しました。

カテゴリ: 2013年12月10日
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